柘榴色の世界 

51052aefcbfef840bd836b6c1826b0c4 希望風呂さんからのエピソード


「よう、人形師のお姉ちゃんいいパーツ揃ってるぜ!」

ふと往来を歩く俺たちを呼び止めたのは恰幅のいい商人だった。
エレと俺はいつもの日課でギルドのクエストを漁りにいく最中だった。普段ならエレを知る者ならまず声をかけないので(優秀ではあるが悪評も多いのだ)少し驚いてしまった。
エレはよくも悪くも有名人なので遠方からの商人だろうか。

「旦那、パーツ屋か。そういえばよくよく店などまわったことがなかったな」
「パーツ屋?」
「お前のようなマリオネットに装着する武具を専門的に扱う店のことだよ、中心街じゃ人形師専門の店はあまり見ないからな、ソルは見るのは初めてか」

店の前に並んでいる武具を観察する。ガントレットから鋭利なナイフが飛び出しているものや宝石が埋め込まれた翼のようなものもある。まるで芸術品だ。これは背中につけるのが正解なのだろうか?あまり縁がない火薬を操る武器もある。これは杭を撃ち込むものか。

「どうだい嬢ちゃん、興味があるかい?」
「あっ、えっと…」

俺は嬢ちゃんではないのだが。まあこんなナリだし仕方ないか。訳あって…というか横にいる主人の趣味でこうなっているわなけなんだが…。
興味があるか、と言われるとまあ少しはある。自分を強化するのにもってこいだし、エレはどうやら美しいものが好きらしいから、その、気に入るかもしれないし。少なくともここに並ぶ武具はどれも俺の目からみても綺麗だと思う。
…そういえばその当のエレは先ほどから静かだ。

「………」
なにやら難しそうな顔をしている。
「エレ?」
「…ああ、ソルはどれか欲しいものはあるか?」

少し間があったように思えたがすぐにパッと屈託無い笑顔を浮かべた。
しかしエレから提案されると思っていなかったので言葉に詰まってしまった。

「……俺は正直、どれを選んでいいかわからない…こういうのは操り師のエレが選んだほうがいいと思う。エレが俺を動かすんだからそっちのほうが正しい選択ができる、と思う」

そもそも俺をカスタマイズしたのはエレだ。俺よりもエレのほうが俺の構造について詳しいのは明白だ。餅は餅屋というやつだ。

「…そうか、お前が私に選べと言うか…ふむ…そうなると答えがひとつになってしまうな」
もう既に決めていたのか。なら話は早い。

「おっ、お姉ちゃん、どれにするんだ?」

「買わない」

「は?」
「え?」

商人と俺が同じ目でエレを見る。まじか。エレの審美眼にかなわなかったのだろうか。

「ああ、あまり気に病まないでほしい。ここにあるものは上等だよ、私の目から見てもな。ソルが自分からほしいものがあるなら買うつもりだった。ただ、委ねられてしまったからな」

うーん、と顎に指を当てるエレ。

「その嬢ちゃんに合うサイズのことかな?それならオーダーメイドもできるが…」
「うーん……それなんだがな、そこなんだよ」

「多分、私が作ったほうが早いんじゃないか…ってな」
おいおい。大きく出たな。

「いやあたしかに人形師がパーツ職人を兼ねることはあるが、限界があるってもんだぜお姉ちゃん。なんせここにあるのはパーツ職人の名家、『グルナディエ』が一つ一つ魂を込めた逸品だ。並みの武具とは違うよ」

「いや、だから私がそのグルナディエ一族の一人だ」

「なんて!?」

商人が目に見えて驚愕する。いやまて俺も初めて聞いたぞ。

「いやはや、まさかグルナディエのお嬢さんとは…そりゃあ恥ずかしいことをしてしまった。ということはその嬢ちゃんのパーツも自作かい?」
「そうだな、この子には私独自の改造を施してある。訳あって拾った子でね、少々特殊な構造をしていたのさ」

俺を撫でながらエレが経緯を話す。俺は彼女の言うとおり拾われたマリオネットだ。エレ曰く他のマリオネットには見当たらない未知のカラクリが施されているらしい。いまいち実感がわかない。俺には彼女に拾われるまでの記憶がすっぽり抜けているのだ。

「しかし…跡は継がなかったんだねえ。珍しいな、聞く話によるとグルナディエ家は一族代々お堅い職人肌というじゃないか。冒険者よりずっといい暮らしができると思うがね」
「馬鹿いえ、実家にいたらかわいい少年少女と出会えないじゃないか!」
そんなこと即答するな。

商人がいかにも『苦笑』って感じの顔を浮かべている。
そろそろこいつを小突いてギルドに向かおう。

■■■■■■■■■■

「はあ…ソル、帰りに服屋でも寄るか!」
「お前折角の報酬を早速無駄遣いする気か」
「無駄ではない!私には食住以上に必要な出費だ!私の生活は"衣"で出来ているからな!」
「はあ…」

空はすっかり橙と紫の混ざった雲に覆われていた。
クエスト、『モチルコのお宝奪還』を達成した。森に生息するモチルコは黒い毛が特徴の「クロゴマ」と呼ばれる種類だ。このモチルコは手癖が悪く、頻繁に冒険者のアイテムを盗む。かわいい見た目ながらなかなか厄介な相手だった。(エレの秘蔵の怪しい本も盗まれるところだった)

「さて、行くかソル、疲れたか?おんぶしようか?」
「馬鹿言うな自分で歩ける」

子ども扱いは嫌いだ。笑うエレの横を早足で通り抜ける。これくらいなんともないのだ。

だが、ふと昼の出来事を思い出して足を止めた。

「なあ、エレ」
「ん?」
「エレはなんで冒険者になったんだ?」

昼の商人とのやりとりから、ずっと頭の片隅から離れなかったことだ。
俺が俺の過去を知らないように、主人であるエレのこともよく分かっていない。商人の話だとエレは名家のお嬢様らしいじゃないか。ならなぜこんな日々の生活も保証されない冒険者なんてリスキーなことをやっているのだろう。

「それは少年少女のー…」
「そういうことじゃなくて」

茶化しているのは見え見えだ。

「…そうだな、幼い頃は跡を継ぐ気だったんだ。自分でいうのもなんだが私、優秀だったからな。物心ついたときには父の人形だって構造を理解できたし、歳の近い弟にはしょっちゅう疎まれていたよ」
…弟がいたのか。
「…仲悪かったんだな、家庭間のもつれで家を出たとか?」
「まさか!お前が思うような深刻なものじゃないさ、弟とは取っ組み合いの喧嘩こそすれ、真に憎みあうような仲じゃあない。今だって交流はあるんだぞ?私がクエストで採取したものは弟が加工しているからな。今日店で見たのは多分弟のだ、まあ私には及ばないが優秀なパーツ職人だよ」

「それに私が家を出たのは別に職人が嫌になったからじゃない。見たいものがあったからだよ」

「見たいもの?」

見目麗しい少年少女とか言い出したらどうしよう。

「世界の色だよ」
「色?」

「私はね、世界の色が知りたかったんだよ。小さい頃は鳥になるのが夢でね、カラクリの翼で羽ばたいてこの世のすべてを見るのが憧れだった。私は窓から見える小さな四角の世界しか知らなかったんだ。けど家を訪れる冒険者はみんな違う色の目をしていたんだ。勿論瞳孔そのものの色じゃないぞ、映す色が違うんだ」
「映す色……」

俺にも完全には理解できないが分かる。俺とエレの映す世界は大きさも色も違う。

「その時、ああ私もああなりたいと思ったんだ。この世の七色を映す瞳を持ちたいと思った。今から思えば私は生来冒険者気質だったみたいだな」
「…そうか」

……いや、ちょっと待て

「お前ほぼ最近は服を漁ってばかりじゃないか!!」
「…まあ、それも世界の色の一つさ」
「誤魔化すな!」
「だって私の実家じゃあんな上等な布なんて手に入らないんだぞ!!愚弟も分かっていない…マリオネットにはゴテゴテ金属こそ至高!などと抜かして服飾の美しさをなんっにも理解してないんだ、まったく」

勝手にプリプリ怒っている。感心して聞いてたのに結局これだ。話半分に聞いたほうが良かったな。

「まあそれに、あれだ、私が冒険者になって最大級にいいこともあったしな」
「なんだ?」

「お前と出会えたことだよ、ソル」

………そんなこと言われたら悪態もつけないじゃないか。

「…お前の冒険者になった理由は大体分かったよ…まあ、その、俺も付き合うくらいなら…できるから、その世界を見るってのに…一役買ってやるよ」
「ふふ、頼もしいな」
「笑うな!」

エレの意地悪な笑い声を聞きながら街への帰路を歩いた。
横にいるエレの顔を見ていると拾われた時を思い出す。
記憶を失くした空っぽの人形、脚が潰れた使い物にならない木偶の坊。それがあの時の俺だった。
あの時の世界は間違いなく灰色だった。落ちてきそうな重たい雲しか見えなくて、コン、コン、と残された金属部に雨粒が当たる音だけが俺の世界だった。

俺の世界を変えたのは間違いなくエレだ。
俺を覗き込んだ桃色の瞳、俺にさしのべてくれた白い手のひら。
俺がこの世界に来て初めて好きになった色だ。

…勿論こんなこと本人には言えないのだが。

「見ろ、星が綺麗だぞソル」
「…本当だ」

エレが手を伸ばしてきたので自然と握り返して星空の下を歩いた。

俺もこうして世界を広げていくのだろうか。この知りたがりの主人と一緒に。


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