植木少年の日記 五冊目 

51052aefcbfef840bd836b6c1826b0c4 希望風呂さんからのエピソード


白き者は考える。
己にとって最適な姿、この環境に置いて最も生き残れる術を導き出す。
それは機械的で、生物としての在るべき姿。今までだってそう。己はただ、「存在する」ために選び続けてきた。そこに善も悪もない。ただ、生き残るためにそうしてきた。

補給、消化、ひたすらにエネルギーを身体中に巡らせる。それだけでよかったのだ。生物としての循環、定められた型を繰り返すだけでよかった。

よかったのに。

明らかにこれは余分だ。己はするべきではない余分な行為をしている。これは「生存」には要らない行為。
けれどその余分が「私」にはたまらなく楽しくて

そんな「私」を彼にただ見てほしかったのだ。

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体が痛い。背中から電気がはしるように痛みが刺す。
その衝撃で目が覚めた。まだ瞼が重い。眠気よりも、あの世界からの繋がりが今度こそ消えてしまいそうで、目覚めたくなかった。もうあちらには行けないという予感が、理由もなく襲ってくるのだ。

地面が少し柔らかい。少なくとも夢の地面や、玄関先ではないらしい。なら病院のベッド?それも違う。ここは……

少しだけ瞼を開けると、視界の淵に、ひらひらと舞う白い何かが見えた。先程の白い蔦ではない。これは、布?カーテン?…いや、白衣?

「お目覚めか?」

ふわりと、職員室に似た匂いが立ち込める。これはコーヒーだ…。そして、先程見えたものは白衣が正しかったらしい。声の主は理科教師のような風貌をしている。
俺は簡易的な布団に寝かされているらしく、声の主の下半身しか見えない。

「まあ、飲みたまえ。君もこんなことになって、平静ではいられないだろうからね」

眼前に可愛らしいネコが描かれたマグが差し出される。これはホットミルクだ。いや、平静もなにも

「あんた誰?」

口に出していた。しまった。

「…難しいな、まあ無理もないか」

困ったような声色だ。本気で説明しづらいらしい。痛みがまだ残る体を少し起こして視線を上に向けた。

声で察してはいたが、男だ。短い青い髪のインナーカラーにビビッドピンクという大層ファンキーな容姿をしている。髪色に反して、服装はシンプルで、黒いシャツに白衣というモノトーンな仕様だ。顔つきは俺より歳上で20代半ばか、後半辺りだ。

「信じては貰えないだろうが、怪しいものじゃない。ええと…その眼はまあ信用してはいないんだろうが…こういうのは私の妹の方が向いているからな」
「…妹?」
「そう妹。よく出来た妹がいてね。君みたいな子どもの扱いも慣れてるからこのビルの人払いもやってもらったんだ」

ん?…ビル?人払い?

途端に跳ね起きた。ここはビルだ。しかも例の廃墟ビル。ということは、お前は…

「…誘拐犯?」
「だからそれは妹が君たち学生を払うためについた虚言だよ。その様子だとうまく広まったみたいだけどさ。いざ言われてみると心外だね…」
「…じゃあなんで俺をここに」

「君を誘拐したんじゃないかって?それこそ心外だ。まあ利用しようとしている部分は否定しきれないがね」

白衣の男が窓の方を指差す。

「まあ見てみなよ、少しは状況が掴めるんじゃないかな」

…窓?ここがあの廃墟ビルだって分かったのも窓の景色からだ。それ以外に何が…
まだ重い体を起こして窓の格子に手を当てた。なんだ、いつもの景色じゃないか。

びた。

「。」

窓にナニかがはりついた。
白い…手?いやこれは…

「蔦…」

蔦というには太く、植物の根に近い。しかしこれは紛れもなくあそこで視た物…。

「嘘だろ、夢じゃ…」
「下も見てごらんよ」

言われるがままに視線を下に向ける。
下は道路だ。雪が積もっているのか一面真っ白だ。

「いや…これは…雪じゃ……ない」

根だ。全部白い根。白い根がまわりのビルや家も巻き込んで一面白く見えているんだ。異様で不気味な光景なはずなのに、神秘的だ。街から人の声が聞こえない。車の音も、鳥の鳴き声すらも聞こえない。街そのものが時を止めてしまったみたいだ。

「これ…なんで…」
「それは私が聞きたいがね」

男が軽く頭を掻く。

「これはこちらの話だが…この事件と同時に私の妹というか…妹が造った物にトラブルが生じてね。それの探査の途中で君を拾ったんだよ」
「なんで俺…?」

「何故って君からこの白い根が発生したからだよ」


「俺?」

「本当に自覚はないみたいだがね、君を媒介にして"アレ"が動いているのは確からしい」
「アレって…あんた、知ってるのか?」

「指摘しまいと思っていたけど君敬語使わないんだね」
「…いや、すみません」

使うよ。なんとなくあんたには使いたくないだけで。

「まあ私は気にしないけどね。…正直こういう対話は妹の方が向いているし。私あんまり子ども得意じゃないし…まあそんなことより"アレ"だ。単刀直入に言うが、君"アレ"を知っているんだろ?」

「……」

男は俺の敵ではない。今はだ。こいつは返答次第で敵か味方につくか見定めているのだ。
俺以外に"何か"を知っている人間がいること自体が俺には不安要素でしかない。だってなぜ知っているんだ?俺の夢の話だぞ?

…いや、夢じゃなかった。ここで証明されてしまった。俺が視たものが、街を包んでしまった。

ここで俺が「知っている」と答えたらどうなる?俺は"何か"を知っているが何も知らない。この異変を"何か"が起こしたことだとも、まだ合点がいっていない。だって何故そんなことを?俺と絵本を読んでいただけなのに、あいつは…

あいつのことをこの男に伝えたらどうなる?

「…話したくないことなのかな?」

「…話せない。俺もあいつのことを…よく知らない。それに…」

それに…

「あんたに…教えたくない」

「…一番困る返答だな」

男が頭を先程より強く掻く。

「こんな状況だぞ。君のご両親やお友達も巻き込まれてるだろ、普通に考えて…幸い、ここは結界だからまだ侵攻が進んでいないがね…」
「!!」

そうだ、瓶谷や翡翠ちゃんは…

「おいおい待てよ!落ち着きがないやつだな、君に事情聴取しようと連れてきたのに君まで巻き込まれちゃ意味ないだろ、大丈夫だよみんな意識を失っているだけらしいよ。今の段階では、だが…」
「段階?」
「…私ばかり教えるのは不公平じゃないか?いいかい、何も状況が掴めていない君の頼れる人間は私だけなんだぞ。妹は人形の探査で手が離せないし、仕方なくだ。まったく、不本意だよ」

「…」

それもそうだ。"何か"に関することで熱くなりすぎていたようだ。
というよりも、"何か"が…あの"何か"が街をこんなにしたという事実を…この男から聞くのが怖くて仕方ないらしい。

「…信用できないならしないでいいさ、私も"アレ"に関する情報を提示するから君もそれなりの情報を私にくれよ。君も戦犯扱いされたらたまらないだろう?」

「…分かった」

この男が何者かはまったく分からないが…なにも手かがりがないよりはいい。

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「…成る程ね」

男は古びたビジネスチェアにギイギイ音を立てながらもたれ掛かっている。俺は床。冬だから冷たい。

「………まっったく分からん」
「はあ!?」

「はあ!?じゃないよ、なんだ絵本を読み聞かせたって!まるで子守りじゃないか、そんなことを"アレ"にやったのか!?」
「…まずかったのか?」
「いや、まずいとかそういう問題じゃない、…なあ君ちょっと学校で浮いてるだろ。相当変わりものだよ。人のことは言えんがね!」

男はさらに深くビジネスチェアに体を預ける。

「君が"アレ"にしたことが最悪の行為であったかは分からない…が、変化を起こしたのは確かだね。他に"アレ"に変わったことはなかったか?」

「…変わったこと」

最大の変わったことといえば

「…最後に俺が視た姿は…子どもの姿だった」

「…それはおかしい」

男が途端に姿勢を正す。

「君の言うそれはね、種のような形をしていなきゃいけないんだ。それが本来の姿だからね。人の形をしているなんて、我々が観測してきた中でも事例がない。君は確実に"アレ"に変化をもたらしたわけだ…何故かは分からんが」

「…なあ、教えてくれよ。俺が視たあいつは…あんたが知ってるあいつは何なんだ?」
「…勿体ぶっても仕方ないか」

男はビジネスチェアから立ち上がり、後ろのホワイトボードのメモを指差し、答えた。

「"アレ"とはれっきとした生命体だ。あれより後があっても前はない。だから我々は『起点』と呼んでいる」
「"起点"は生きている。生きているならエネルギーが必要になるだろう?あれは高次元空間を渡り、世界に寄生する。あれがいるのはね、我々のいる宇宙より外だよ。次元を渡る生物だ。世界からエネルギーを吸収するとまた次の世界を見つけにいく。寄生した世界には白い根が残る。我々はそれを回収して奴の経路を辿っているのさ」

「君は神にも等しい存在に魅入られたのだよ。少年」

5冊目 fin.


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