植木少年の日記 四冊目 

51052aefcbfef840bd836b6c1826b0c4 希望風呂さんからのエピソード


「兄さん、あの子達が帰ってこないの」
「…何?」

女性が不安げに手元のタブレットらしき物を見つめる。液晶には座標のような点々が表示され、一部が赤く点滅している。

「…私が視た"アレ"も関係しているのか?」
「兄さん、視たの?」
「ああ、あちら側の観測にね、だがそこで妙なものを視た。人形達の安否に関わるかもしれん」

男性はおもむろに机の引き出しからスケッチブックを取り出すと、サラサラと筆を走らせた。

「私の断片的な記憶によるものだがー…新しい生命体のようだった」

男性がスケッチを女性の前に突き出す。人のようでいて、脚が木の根元のように捻れている。
背中からは翅が伸び、男性とも女性ともつかない顔つきをしている。

「これは…"根"?」
「ああ…憶測の域をでないが、私は《起点》と関係するのではないかと思っているよ」

「そしてこの生命体と同時に視えた光景…後ろに太い、白い根が見えていた。つまりは、この生命体がいる場所は確実に《起点》が寄生している」
「でも…《起点》は栄養を食べたらその場所を去るでしょう?」

「それがおそらく今回の異変なんだ」

男性はスケッチブックにさらに、植物の全体図の書き始める。

「通常、《起点》は長くは同じ世界に留まらない。必要な栄養が尽きれば意味がなくなるからな…だが、今回はおかしかったんだ。私はここで、《起点》の足跡である白き根を発見したが、依然としてこの世界の近くから《起点》の気配を感じる」
「それって…」

「根を完全におろして育っているんだ。植物のようにね。ちょうど風に吹かれた綿毛が土に落ちるように…《起点》は寄生したまま、成長しているのさ」

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「人形達が弾かれたのは、《起点》が関与しきった世界に適合できなかったからだろう。我々が直接《起点》に関与できないようにね。つまり、あの世界に適合できる人形を造ればいい」
「けど私が造る人形だと限界が…」
「妹よ、悲観するな。お前の技術は本物だ。そこに今回は少しだけ手を加える」

男性は、ついこの前採取した白き根の断片を取り出した。

「私はこれを組み込もうと思う。造ったばかりの双子の人形で試そう」

男性は二対の人形の心臓部分に白き根を組み込んだ。

「ーーーーーー。」

まだ眠たげな顔で双子の一人がゆっくりと目を覚ます。

「おはよう。目覚めてばかりですまないが君に任務がある」

「はい。」

凛とした声で人形が応える。

「君に、異世界の探索を行ってほしい。ただ、他の人形のような通常の探索…白き根の回収ではなく、とある生命体を追ってほしい。データはインプットさせてもらうから参考にしてくれ。君の兄弟も一緒だ」
「はい。ご主人様」
「堅苦しいな。"博士"でいいよ。いや、私は君の父にあたるかな?パパでいいぞ」
「…?」

「兄さん、困ってるじゃない」
女性が軽く、男性の肩を小突く。

「貴方に名前がいるわね。また帰ってきた時に呼ばなきゃいけないもの。人形は確かに探索用だけど私には子どもみたいなものだわ。壊れたら悲しいもの」

女性が人形の手をそっと握った。

「そうね…太陽という意味で、"ソル"なんてどうかしら。また貴方の名前を呼ばせてね。ソル」

ソルは頷いた。

「はい、お母さん」

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「………」

ベッドの上で何度も寝返りをうつ。落ち着いてぱたんと仰向けになった。

"何か"が言葉を発してから一週間になる。あれから俺は夢を視ていない。
たまたま期間が空いているのかもしれないが、あんなことがあったため気がかりだ。

「…偶然じゃないはずだ」

あれがただの夢ではないことに今となっては確信を持っている。あれを偶発的なものとするには、あまりにも真実味が強すぎる。

あの先に、言葉を発した先に何があるのかが知りたい。だが、それ以上に"何か"が今どうしているのか気になって仕方がなかった。

「嫌われるようなことしたかな…」

埒があかない。頭のモヤを取り払うために、散歩に出かけることにした。

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街は静かだ。クリスマスは終わり、年越しの準備に移っている。とりあえず近所の自動販売機まで足を運ぶことにした。温かいココアがほしい。

ふと、あの廃墟ビルのことを思い出した。ちょうど自動販売機があちらの方向なのだ。俺が翡翠ちゃんに近寄らないように言ってから人伝に広まって、あのビルに近付く学生はいなくなった。良いことだ。
そういえば俺に忠告してくれたあのお姉さんも見かけない。狭い町だ、会いそうなものだけれど。

ココアを一口啜る。寒空の下、じんわり温かさが喉を通る。なんとなく、廃墟ビルの方に目を向けると、ふと視線の下に黄色いものを見つけた。

黄色い?

「え?」

素早く視線を下に向ける。黄色いのは頭だ。小さな子どもが俺の側にいたんだ。しかも金髪の。気づかなかった…。

「…あ、使う?」

子どもと逆の方に体をずらした。…しかし反応がない。

「…ジュース…」
ぎこちなく自動販売機に指を指す。小さい子とはあまり喋り慣れていないのがばれてしまう。

「ジュース…」
思っていたよりしっかりした声付きで返された。ジュースがほしいので合っているのか?

「…オレンジジュースでいい?」
小銭を入れて高めの場所にあるオレンジジュースを押した。もしかしたら届かなかったのかもしれない。

「はい」
「……」

よく見たら瞳が赤色だ。少なくともこの街にいるような容姿じゃない。ホームステイの子どもだろうか。まだ幼いだろうに、高貴さが滲み出ているというか、俺でも育ちのよさが感じられた。

「すまない、俺はまだこれに詳しくないんだ…そうだ、これはジュースと言うんだった」

子どもは先程よりハキハキと喋ると、カリカリとプルタブを弄り始めた。辿々しくカシュッと缶を開けるとおそるおそる口に含んだ。

「金銭まで負担してくれてありがとう。こんな俺でも栄養と水分は必要だ」

ひとしきり一人で喋ると、てくてくと廃墟ビルの方に歩き始めた。

「えっそっちは」

そう言いかけた途端に視界から消えた。
文字通りに。

「………?」

幻でも視ていたんだろうか。しかし財布の中身はきっちり俺と合わせて二人分減っていた。
"何か"と言い、俺はずっと長い夢を視ているだけで目覚めていないだけじゃないかと思う時がある。
だが、帰り際つねった頬はしっかり痛かった。

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ガチャン、とドアノブが引っ掛かった。まだ誰も帰っていないらしい。鍵はポケットに入れてたっけ…


と、その瞬間雪崩のような眠気に襲われた。

「…!?なん、で」

こんな玄関の前で、しかも先程までまったく眠くなかったのに。

視界に白い…波?いや、これは…蔦?うねうねと細い物が揺蕩っている。なんだこれは。意識が白い世界に持っていかれる。溺れているみたいで空をかく。そのまま背中から俺は堅い地面に身を投げた。

___。

「……ん、」

先程、堅い地面に体を叩きつけたはずなのに不思議と痛みがない。ここはどこだろう。

いや、この場所を俺は知っている。

「…あいつは、」

自然とあの存在を探してしまう。ずっと気がかりだったんだ。あれからどうしてるのかって。もしかして俺は嫌われてしまったんじゃないかって。

「なあ、なんで…こんな呼び方してー…」

白い空間に俺の声だけが反響する。この前会った時よりずっと地面、空間、空気さえもが現実そのものになっていた。

「いるんだろー……?」

反響して、また無音になる。本当に、本当にいなくなってしまったのか。

じゃあなんで俺はここに呼び出されたんだ。

なぜ…

と、次の言葉を紡ぐ前に
俺の視界に白い髪がカーテンのように覆い被さった。

「うわ!?」

驚きはしたが、不思議と恐怖はなかった。正体不明のそれを、俺は頭で理解していた。

「……お前、どうしてたんだよ…」

カーテンの正体は、俺の頭から俺の顔を覗きこんでいる"何か"だった。
あぐらをかいた俺の肩に「手」を置いて、「背伸び」をして覗きこんでいる。

"何か"は子どもになっていた。

だが顔はのっぺらぼうだ。いわば、白い人のシルエットがそこに立っている状態だ。

「大きくなってたんだな。お前…」

込み上げてくるものがあって、つい頭を撫でてしまった。"何か"は(おそらく)嬉しそうに手に頭を押し付けた。

「なあ、なんで会ってくれなかったんだよ、心配したんだぞ」

"何か"が俯く。強く言いすぎてしまっただろうか。というより何かを隠したいような、そんな態度だ。

「なあ、なんで……」

「ありがとう」

「え」

"何か"を白い蔦が包み込み始める。途端に下の地面に亀裂が入り、それすらも蔦になった。空間ごと"何か"に吸い込まれていくようだ。俺の足場も崩れ落ち、"何か"がどんどん遠くなる。

「お前!…ありがとうってなんだよ!なんで俺を呼んだんだよ!…なんで…!」

俺が声をあげる間もバキバキと空間が崩れて太い蔦と化していく。
"何か"を包む蔦は繭のように固まり、肥大している。対照的に俺は黒い空にどんどん落ちていった。

なんでだ、こんな、こんなところでお別れなのか?

蔦の一部を掴んでもするすると手から抜け落ちていく。

嫌だ、お別れなんて嫌だ。

まだお前に名前さえ呼んでやれてないのに。

繭が白い点となって消えていく。

俺は黒い沼にズブズブと沈んでいった。

_。

「ありがとう。」

「ヒーローに、なるから、きっと。」

4冊目 fin.


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