【コード:マリエッタ】プロローグ~魔女様の失敗~ 

E8258d9834cfe5c07e5b7651393ab825 千風サヤさんからのエピソード

ただのノラ猫だったマリエッタが魔女様と出会い、人間の姿になるまでのお話。
マリエッタにスポットをあてているため、魔女様やその他出てくる人物については深く触れていません。
読まなくても交流に支障はありませんが、読んでいただけるとマリエッタのことがもっとわかる……かもしれません。


最後にキュッとリボンを結んで、その人は微笑んだ。
「はい、これでOKよ。マリエッタ」
「……う?」
「マ、リ、エッ、タ。あなたの名前よ」
「ま、り?」
「これからよろしくね、マリエッタ」

***

遡ること数時間前、マリエッタはまだ何も知らない仔猫だった。

のどかな海を臨む町、くさぶえ町。
小さな神社の隣にある、小さな小さな公園が、マリエッタのおうちだった。
マリエッタ含めて兄妹6匹、近所でも美しいと評判の黒猫ママから生まれた。
マリエッタは一番末っ子。他のみんなはママと同じ黒猫なのに、マリエッタだけは鼠色だった。だからマリエッタは、猫なのに『ねずみ』と呼ばれた。

マリエッタ達兄妹が1才になったとある春の日のこと、やんちゃ盛りのマリエッタは、何匹かの兄妹と遊んでいるうちにとある館の前まで迷い込んでしまう。
そこは人間の間でもちょっとばかり有名な『魔女の館』だった。
もちろん猫たちにそんなことは分かるはずもなく、好奇心に負けた仔猫たちは僅かに空いたドアの隙間からするりと中に入ってしまった。

誰もいない空間はどんより薄暗く、不思議な香りが漂う。
カウンターやテーブルが並ぶそこは何かのお店のようだった。
よく見ればお店の奥の部屋から僅かに光が漏れ、話し声が聞こえる。
怖がる兄妹たちとは反対に、マリエッタがその部屋の中を覗き……込もうとして、半開きのドアが勢いよく開いた。

「あ〜!やっと元に戻れたぜ!!やっぱ人型はサイコーだな!!」

とても大きい声、大きな体の人間だった。
「ん?なんだ、お前ここにいたのか。ほら、お前も早く人型にしてもらえ」
マリエッタの存在に気づいたその人は、マリエッタの首根っこを掴んで部屋の中へ連れて行く。

「ご主人様〜、ルーゼルトいたっす〜!」
「あぁルゥくん、そっちにいたのね〜!」

部屋の中にはもう一人、女の人がいた。
ちょっと怖そうなその人は、けれどマリエッタに優しく笑いかけてくれた。

「なんか白く汚れちゃってるわね……。さ、早く戻っておフロにしましょう♪」
その人が何かの呪文を唱えると、マリエッタの体はモクモクの中に包まれて、気づくと人間の姿になっていた。

「あら?」
「あっれぇ〜???」

人間になったマリエッタを見て、女の人も大きな声の人も首を傾げた。
「ちょっとアンディス、この子ルゥくんじゃないわよ?」
「おっかし〜っすね〜……」
状況がよく分かっていないマリエッタはキョトンとして、よく分かっているであろう二人も頭を抱え、変な空気が流れる。
それを破るように黒いものがピョコピョコと部屋に入ってきた。
「あるじ〜!我があるじ〜!わたくしめはここです〜!!」
「あら、ルゥくん!」
ルゥくんと呼ばれたその子は、マリエッタの兄妹たちとそっくりな黒猫だった。
ただ違うのは、人間の言葉を話すということ。

「出るとこがずれていたみたいで、お店側に出てしまいました!」
「ったく、だから手を離すなって言ったじゃねーか」
「先に手を離したのはアンディスの方です!わたくしを置き去りにしたです!」

ケンカし始めた2人をマリエッタがボーッと見ていると、ドアの外で怯えていたはずの兄妹たちがミーミーと何かを訴えながら入ってきた。

「あ、その者たちお店側にいたです。“ねずみを返せ”って言ってるです」
「ねずみって、この子のことね……」

女の人はマリエッタの目線の高さまで座り込み、少し哀しそうな表情でマリエッタの顔を覗き込んだ。

「ごめんなさい。あなたを巻き込んでしまったわね。この魔法は、魔力を持たない者は元の姿に戻れない魔法なの。ほんとにごめんなさい……」
言ってる意味はよく分からなかったが、その人が哀しそうにしているのが、マリエッタには何故か我慢ならなかった。
マリエッタは手を伸ばして、ポンポンとその人の頭を優しく撫でた。
「うー、んっ!」
人間の言葉がわからず、こういう時何といえばいいのか、この感情をどう伝えればいいのかわからなかったが、精一杯微笑んで、「大丈夫だよ」と伝えたかった。
マリエッタが人間と接したのはこれが生まれて初めてで、まだ人間のいいところも悪いところも知らなかったが、会ったばかりのその人を大切にしたいと感じた。
哀しい顔をして欲しくなかった。いつだって楽しそうにしてて欲しかった。
幸せを願うくらい、まだ何も知らないその人のことを大好きだと感じてしまった。

「うー、う?」
「ご主人様のこと慰めてるつもりなんすかね、コイツ」
「ふふっ……優しい子ね。ありがとう」

マリエッタはその人にギュッとされて、とても嬉しくなった。その人はとてもいい香りがする。
ふわふわで、とても温かい。大好きだ。

「ふふふ~♪」
「笑ってるっすよ」
「うん、可愛い。わたし、あなたのこと面倒みるわ。時間がかかっちゃうかもしれないけど、ちゃんと元に戻してあげるからね」

その人はマリエッタを見て、それから兄妹たちを見て言った。
「あなたたちにも、約束するわ。あなたたちの大切なこの子を、わたしが責任をもって元に戻し、そして必ず返します」
兄妹たちはその人の言葉を理解したのか、魔女の館に背を向けて公園へと帰っていった。

その後マリエッタはお風呂に入れてもらって、服を着せてもらった。
最後にキュッと首のリボンを結んで、その人は微笑んだ。
「はい、これでOKよ。マリエッタ」
「……う?」
「マ、リ、エッ、タ。あなたの名前よ」
「ま、り?」
「そう、マリエッタ」
「まり、えった」
「そう、それがあなたの名前」

そうして、『ねずみ』は『マリエッタ』になった。

「改めまして、マリエッタ。わたしはウィッチ・アリサよ」
「あり、さ?」
「そうよ。これからよろしくね、マリエッタ」
「う?……あーいっ!」

***

そうしてほんの少しの月日が流れ、マリエッタはたくさんの言葉を覚えた。
アリサはご主人様。遠い国からやってきた魔女様だという。
声の大きなアンディスは朝が遅い。いつも昼まで寝ている。
黒猫ルーゼルトが人間になった姿はマリエッタとそっくりだった。性格は正反対だったけれど。

これが、マリエッタの新しい家族の形。
ヘンテコな人たちばかりだけど、マリエッタには大切な家族だ。

そしてある時、アリサは言った。

「友達を作りなさい、マリエッタ。かけがえのない、一生の友を作るの」
「ともだち?」
「そう。ここがあなたの家よ。家族よ。でも、それに縛られてはいけない。あなたはあなたの世界を作るの。
 多くなくていい。たった一人でも、心から信じあえる友と出会いなさい」

マリエッタは瞳を閉じて、想像してみた。
友達。自分以外の誰か。本当にいるのだろうか、そんな人。

「道はすでにあなたの前に開かれているわ。後は進むだけよ」

迷う心を、その人は導いてくれる。
再び瞳を開けた時、もうマリエッタに迷いはなかった。

「はい。まじょさま、ぼく、いってきます」

そしてマリエッタは、新しいドアを開けた――。

プロローグ END


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