一ノ瀬煌斗は夢を見る 

Aad98cbcef56b3026e3370302843f42b 梨さんからのエピソード

【demon game】短編1


気づいたとき、自分はそこにいた。

辺りは黒いような、赤いような、それらが混ざったような色をしている。首を振って辺りを見回すが特に何もない。あるのは赤黒い空間。それをじっと眺めているとなんだか飲みこまれそうな気がした。
なんとなくあつく、息苦しい感覚。嗅ぎなれない匂いもする。じっとりと背が汗ばむのを感じる。不快だ。
歩こうとしても、足が地面に張り付いたように動かない。そんな足を少しだけ恨みがましく見つめる。動けるなどとは、あまり期待していなかったのだが。

「……あー」

声帯を震わせる。声が出ることを確認する。喉から出た音は、暗い空間に落ち、吸い込まれていく。
どうしたものか、と半ば他人事のように考え始めるが、それも数秒で放棄した。これから起こるであろう事象に身を委ねることにする。それは、慣れきったように。諦めたように。

そして。

そんな彼を認めたかのようにして、徐々にその空間はどこかの家の部屋を模していく。そこは、生活感のあるリビングへと姿を変える。
自分は部屋の端、大きなテレビの横に立っていた。部屋全体を見渡せる。勿論、足は動かない。
なんてことない普通のリビング。燃え盛る炎と、床に伏す女性、泣き叫ぶ少年、熱に身体を焼かれ泣き喘ぐもう一人の少年、そして、それらを端から眺める自分を除いては。

「(……まただ)」

何度目になるか分からない見知った光景を目に映しながら、無感情のまま、胸の中で独りごちた。
ここには見覚えがある。何度も見た。悪夢だ。

忘れてはいけないはずの光景。自分が知りたかった事実。取り返しのつかないことをしてしまった日。何もかもが変わり果てた、最悪の過去。

自身の防衛本能が。いや、何らかの思惑が。この記憶に蓋をしている。もやをかける。目が覚めると、はっきりと思い出せなくなってしまう。
初めてこの夢を見たときは、確か、少年たちを家から避難させようともがいた気がする。声を張り上げ喉を枯らした気がする。言うまでもなく、足は張り付いて動けなかったが。

「熱いっ、痛い、助けてっ、熱いよぉっ……!!!」

耳をつんざく少年の悲痛な叫び。少年の名前はここでも思い出せないでいた。忘れては、いけないはずなのに。大事な、家族だったはずなのに。

どうにも出来ないと理解し、諦めきった自分は。過去を知りたいと切に願う、目覚めたときの自身を気の毒に思いながら、夢が終わるまで部屋の惨状を眺めていた。

*

「煌斗!!」

「うおあっ!?!」

びりびりと鼓膜を震わせる、男にしては少し高い声。煌斗は肩をビクつかせ勢いよく机から顔をあげた。先程まで見ていた夢は物の見事に霧散する。それの悔しさに顔を少し歪ませた。はっとしたように目の前にいる友人に目を向ける。
起こした声の主は、特徴的な触覚のような青黒い髪を苛ついたように揺らす、天人だった。仁王立ちで腕組みをし、その成長途中の少し幼い顔は、怒りに染まっていた。

「いい身分だね。誰のために勉強会開いたと思ってるの?」

「……スミマセン」

夕方の、橙色に染まった空き教室に2人の会話が響く。返す言葉もない。どうやら、成績が非常に悪い煌斗のことを考え、天人が開いてくれた勉強会の最中に眠りこけてしまったらしい。少し席を外す、と天人が自分に課した課題もこなせないまま。怒り心頭なのも納得出来た。ようやく事の重大さに気付いて冷や汗を流し、謝罪する。悪夢を見ていたのもあってか、身体は嫌な汗でべったりだった。

「はぁ……。今日はやめにしようか」

「えっ」

「僕もやる気がなくなった」

「うっ……」

心底呆れたように言う。天人がそう思うのも当然の事で。居心地の悪さに体を小さくする。伺うように目の前にいる天人を見上げると、イタズラを思いついたような、そんな子供っぽい笑みを浮かべていた。困惑したのも数瞬で、まさか、と体を強ばらせる。

「そうだね、いちごパフェを奢ってくれたらチャラにするよ」

やっぱり。

「いつものじゃねぇか……」

「煌斗もいつも寝るじゃないか。煌斗が補習を免れるために頑張ってるっていうのに。はぁ……恩を仇で返すとはまさにこの事だよ」

「だーっ!はいはい!いつもありがとうございます奢らせて頂きます!!」

事実を突かれ、半ばヤケに叫ぶ。それを聞いた天人は満足そうな顔で「じゃあ行こうか」と帰り支度をし始める。この流れは今回で三回目だった。もしかしてこれが目当てで勉強会をしてるのでは……?と、足りない頭で、嫌な結論に至りそうになる。流石に考えすぎかと頭を振って煌斗も帰り支度を始めた。
その結論が的外れではないことを、彼が知る由もない。

*

「特大いちごパフェ一つ」

「遠慮ねぇな……」

「僕と煌斗の間に遠慮なんている?」

「良い風に言うのやめろよ……。えっと、俺はオレンジジュースで」

注文を取りに来た店員に言う。店員は二人のやり取りを苦笑しながら聞き、注文をメモした後カウンターへと戻っていった。

ここは中央公園のはずれにある小さな喫茶店。ひっそりと、目立たない場所に位置しているため客は少ない。静かで落ち着ける空間故に、固定の客は確保している。天人もその一人で、煌斗は天人に連れられてここを知った。コーヒーはもちろん、軽食やスイーツなど豊富なメニューも客を惹き付ける要因の一つだ。今では煌斗もお気に入りの場所である。

天人の方を見ると、今にも鼻歌を歌い出しそうなほど上機嫌だった。それほど、ここのいちごパフェが好きらしい。もう勉強会での煌斗の失態は忘れているようだ。年相応な顔をする天人を見るのは、以外と好きだった。何故だか、安心する自分がいた。

「……なに?人の顔を見て笑わないでよ」

「えっ、俺笑ってた?」

「うん。気持ち悪い」

「酷いな……。なんでもねーよ」

知れず顔に出ていたらしい。流石に胸中を語るのは恥ずかしいので、何でもないと嘘をつく。怪訝そうにしていた天人はまた、嬉しそうにいちごパフェを心待ちにする。

片肘を付きながら、ぼんやりとさっきまで見ていた夢のことを思い出そうとする。いつも通り、はっきりと思い出せない。分かるのは泣いている少年と、赤色。それ以外はもやがかかって分からない。大事な、自身の過去についての手がかりになるはずなのに。目の前にあるはずなのに掴めない。酷く、もどかしかった。

「煌斗」

「ん……?なんだ?」

天人の声によって思考の海から引き揚げられる。それは真剣な声音で、少し身構えてしまう。

「なにか悩んでるの?」

「え……?」

「煌斗が考え事をするなんて、よっぽどのことでしょ?」

見抜かれる。わかりやすく動揺してしまう。元々、隠し事は下手な性分なのだ。悩んでいることを知られたくはなかった。そもそも、悩みを打ち明けたところでどうにもならないし、何について悩んでいるかなど、一番知りたいのは自分自身だ。それが分かっているから、煌斗は必死に嘘をつく。

「別に、なんでもないって。強いていえば、これからは金の無駄使いを減らさねぇと、って思ってさ。誰かさんのせいで」

「元はと言えば煌斗が悪い」

「だからってなぁ……」

「それで、それは嘘でしょ?いや、本当かもしれないけれど。考えてたのはそれじゃない」

「…………」

やっぱり、嘘をつくのは苦手だ。こうもあっさり見抜かれてしまう。どうしよう、なんて返す、といつもより頭を動かしていた。天人から逃げるにはどうすれば、と考えを巡らせている最中、

「特大いちごパフェとオレンジジュースです」

「あ……」

テーブルの上に置かれるそれら。会話は、煌斗の思考は、そこで打ち切られる。天人は口を閉ざし、どこか諦めたようにいちごパフェに手をつけた。煌斗もぎこちなく、オレンジジュースに口をつける。二人の間に、気まずい雰囲気が流れる。

無言でひたすらパフェを口に運ぶ天人を、ぼんやりと見つめる。天人のさっきのあれは、きっと、珍しくも心配してくれたのだろう。そう思うと、嬉しくてくすぐったい反面、素直に頼れない自分が嫌になる。
出来るものなら、聞いてほしい。だけど、不鮮明な夢の話を打ち明けても、それは不毛なことだと煌斗の頭でも分かる。打ち明けたところで何も分からない、変わらない。
だから。
早々に思考に決着をつけ、オレンジジュースを勢いよく飲み干す。その勢いのまま、空になったコップをテーブルに叩きつけるように置く。天人は顔を驚きの色で染め、手を止めてしまった。

「どうしたの?」

「今は、話せない」

「え?」

「俺の悩みの話。だから、話せる時が来たら話す。そのときは……聞いて、欲しい……。それでも、いいか……?」

何故だか、段々と顔に熱が集まる気がする。天人が心配してくれたことを無駄にしない為に。時が来たら話す、と約束する。言葉の最後の方は声が小さくなってしまったけれど。伺うように天人を見る。驚きの色一色だった顔は、嬉しさの色に変わっていた。煌斗の言葉に満足したように、納得したように、くす、と笑う。

「うん。それでいいよ。無理に聞き出すような真似をして悪かったね」

「いいって。心配してくれたんだろ?ありがとな」

その通りだったようで。素直でない目の前の友人は、気恥ずかしそうに眉をひそめる。あまり、認めたくはないらしい。

「別に、頭が足りない煌斗の悩みは何なのか気になっただけだよ。僕だったらすぐに解決するさ、きっとね」

「はあ〜〜!ちょっとは良い奴だなって思ったとこなのにこれだよ!嫌味言わないと気がすまねぇのかよ!」

「本当のことじゃないか。そんなにムキにならないでよ」

「くっそ……!」

いつものやり取りを繰り返し、二人は安堵する。もう、そこに気まずい雰囲気は無かった。天人が珍しく声を上げて笑う。煌斗もつられて笑った。悪夢を見たときの不安も、無くなっていた。
煌斗は、胸中でもう一度、天人に感謝をするのだった。